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令和6年版 厚生労働白書

令和6年版 厚生労働白書(2024827日刊行)

テーマ

「こころの健康と向き合い、健やかに暮らすことのできる社会に」

 

-はじめに-

「あなたは、健康ですか?」

そう問われたら、皆さんはまず何を思い返すだろうか。大きな怪我や病気はしていないし、学校や職場にも毎日通えている、ご飯も残さず食べられるし、最近は朝夕の散歩も欠かさない…。

たしかに、どれも健康に関わる大切な要素である。

1948年に発効した世界保健機関(WHO)憲章には、次のような記載がある。“Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.”

 

日本WHO協会の訳をお借りすると、「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」だといえる。

 

我が国では、国民の心身の健康増進に関する取組みが早くから進められてきた。

近年では、2000(平成12)年度から始まった「21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21」が挙げられる。

 

健康寿命の延伸生活の質の向上などを目指して進められてきたこの運動は、現在、2013(平成25)年度からの10年間取り組んだ健康日本21(第二次)の最終評価や社会の変化を踏まえ、2024(令和6)年度から始まる健康日本21(第三次)として、誰一人取り残さない健康づくりと、より実効性をもった取組みの推進を通じた総合的な健康増進に向かって、新たなスタートを切ったところである。

 

健康日本21(第三次)の方向性は、下図に示されるとおりであり、国民一人ひとりの健康への取組みの基盤として、社会とのつながりやこころの健康の維持・向上などの社会環境の質の向上が必要とされている。

 

このことは、こころの健康は、人間の健康を支える土台であるとともに、社会とのつながりにも深く関係していることを示唆しているともいえよう。

 

しかしながら、こころの健康をめぐる現状には課題も多い。近年、精神疾患の外来患者数は増加傾向にあり、自殺者数も年間2万人を上回り続けている。

私たちの社会では、若者、働き盛り、お年寄りなど、ライフステージ(年齢に伴い変化する生活段階)を問わず、こころの健康を損ない、本来得られるはずの質の高い生活を失っている人が数多く存在しているのが実情である。

 

また、こころの健康と社会とのつながりには、相互性がある。

たとえば、コミュニティからの孤立はこころの健康に影響を及ぼしうるし、

こころの健康を損ねている人は周囲との関わりを避けがちになる。

このことから、私たち一人ひとりは同じ社会に暮らす隣人のこころの健康に対して、決して無関係ではないともいえよう。

 

とりわけ、デジタル化、パンデミックによる環境変化、これらに伴う孤独・孤立の深刻化などを経験する現代社会では、相手が顔見知りであろうと、見ず知らずの他人であろうと、私たちの無関心や偏見がその人のこころを傷つけうる。反対に、私たちの気づきや寛容さがその人のこころを、ときに命をも、守るかもしれない。

 

このように、こころの健康は、すべての人に関係があり、私たちの社会においても大切なテーマである一方、身近な課題であるが故に、まっすぐに向き合うことが難しいテーマであったのかもしれない。

 

そこで、今回の厚生労働白書第1部では、「こころの健康と向き合い、健やかに暮らすことのできる社会に」と題し、厚生労働白書としては初めて、こころの健康について論じることにした

 

どのライフステージにいる読者にも読みやすいように、身近なライフイベントや日常生活のなかで経験しうる出来事などを具体的に取り上げながら、こころの健康に与える影響や、精神疾患の実態、こころの健康と向き合う社会や地域の取組みなどを説明している。

 

1章「こころの健康を取り巻く環境とその現状」では、こころの不調の要因となるストレスについて論じ、ライフイベントに関連する出来事や、デジタル化、これらに伴う孤独・孤立の深刻化など現代社会の特徴的な事象を取り上げる。また、精神疾患の実態や社会への影響についても説明する。

 

2章「こころの健康に関する取組みの現状」では、地域や学校、職場などにおける、こころの不調を予防する取組みなどについて紹介する。

 

3章「こころの健康と向き合い、健やかに暮らすことのできる社会に」では、あらゆる人が自らの心身の状態と上手に付き合いながら、こころの健康と向き合い、健やかに暮らすことのできる社会づくりに必要な取組みについて考える。こころの不調を抱える人に関する取組みにおける当事者の意思の尊重と参加の重要性について考察し、地域や職場におけるこころの健康づくり、こころの不調について語り合える環境づくり、そしてこころの健康確保に向けた一人ひとりを支える取組みなどについて、今後の取組みの方向性を展望する。

 

また、本文の内容に関連させながら、企業などの具体的な取組み事例やキーワード解説、最新の研究に関する取組みの紹介など、様々なトピックをコラム形式で掲載している。理解を深めていただくための参考としていただきたい。

 

令和6年版厚生労働白書が、自らの、そして同じ社会に暮らす隣人のこころの健康と向き合うための一助となれば幸いである。